母の鬱はますますひどい。
用もないのに、部屋の中をぐるぐると歩き回り、それ以外は、大抵寝たきりだ。
冷蔵庫を開けては、「食べるものが全然ない」と言う。冷蔵庫を開けると、実は食べるものがたくさんある。冷凍庫にも、冷凍食品がいっぱいある。
たんすの中に服がいっぱいあるくせに「着るものがない」と言うオバサン方とおんなじだ。(だから、うちのような商売が成り立っているので、こっちのほうは大歓迎なんだけど。)
自分で買い物や調理ができないことを気に病んでいるようだ。
鬱の人は、大抵便秘になる。薬の副作用だと思う。リラックスさせるような薬だから、腸のぜん動運動までリラックスしちゃうのだろう。
それで、父が「ヨーグルトをたべなさい」と言う。実家では、カスピ海ヨーグルトを作っているのだ。
しかし、母は、「ヨーグルトを食べると、ヨーグルトがなくなる」と言う。
「ヨーグルトなんて、またすぐに牛乳から作ればいいじゃないか。」と言うと、今度は、「そうしたら、牛乳がなくなる。」と反論する。
よって、実家には、いつも牛乳が山ほどある。父が、3本から5本単位で買ってくる。
とにかく、冷蔵庫をいっぱいにして、なんでもかんでも「賞味期限が切れてから」食べることになる。
母が料理ができなくなってから、私は、自宅で作った料理の残りを実家に運ぶようになった。普段、家では、野菜中心の、シンプル料理が多かった。ところが、実家に運ぶことを意識すると、どうしても煮物中心になる。それでも、あまりたくさん運ぶと、それがプレッシャーになるといけないと思い、一回で確実に食べきれる量だけをこまめに持っていくようにした。
運んでも運んでも、タッパーが返ってこないなぁと思って、ある日実家の冷蔵庫を開けてみた。すると、かなり前に私が持ち込んだおかずが、まだ冷蔵庫に入っていた。母は、「これを全部食べてしまったら何もなくなるから、もったいなくて食べられないのよ。少しずつ残しているの。」などと言う。
「こんな古いもの、今すぐ捨てる!お腹を壊したら大変!」私は、ちょっと大げさに言い、目の前で捨てた。
「ああ、なんてもったいない!」
そんなことがあった日の夜、私は夫にそのことを相談した。
「あーあ、私、がっかりしちゃった。。。。」と。すると、夫は、「これからは、もっともっと、じゃんじゃん作って持って行ってあげなさい。」と言った。
「どうせ食べてくれないかもしれないのに、、、、。」と思いつつ、私は、毎朝、じゃんじゃん作って持っていった。おそらく、持って行ったその日には食べてくれないだろうと思うから、比較的時間のある夜ではなく、朝、料理を作った。朝から揚げ物を揚げたり、シチューなどの煮込み物を作ったり。そんなことで、朝6時に起きても、息子の保育園(9時半)に間に合わないことも何度かあった。どうしても、余裕がないときは、具沢山の味噌汁を作っていった。
そうして、過剰に料理を運んでいくうちに、母の食品備蓄癖が、だんだん減っていった。毎日私が食事を運ぶということを当てにしてくれるようになった結果だ。
それはそれとして、うれしいのだが、私のほうは結構大変だ。「冷凍ハンバーグと、キャベツの千切り」みたいな手抜きメニューはできないし、パスタってわけにもいかないし、息子の好きなオムライスなんかも無理だし、夫の好きな、「焼き魚」ってわけにもいかない。まさか、肉じゃがばかり、毎回持っていくわけにも行かず、ネタが尽きてくる。
ましてや、ウチは、大地を守る会の食材で殆どをまかなっている。先週は、大根が4本になった。実家のことがなければ、風呂吹き大根のアレンジで、1本は食べてしまうところだけれど、実家に「風呂吹き大根」を運ぶわけには行くまい。白身魚と炊いたり、豚汁にしたり、おでんにしたり、鶏肉と一緒に炊いたり。ない知恵を、絞りに絞る。
ウチの家族は、大地を守る会生活に慣れているから、毎日大根を食べさせられても、文句を言わない。ところが、母に毎日毎日大根の煮物を運ぶのは気がひける。
母が発病したのは10月の終わりだ。仕事が忙しいピークが過ぎて、暇になってからのことだ。だから、なんとか私もやってこれた。でも、来月からはどうなるんだろう。せめて、一緒に住んでいれば、簡単な「炒め物」とか、「焼き魚」なんかを、さっと出せるんだけど、、、、。鬱病には、引越しなどの「新しいことへの挑戦」が一番いけないらしいから、ウチに引き取るわけにはいかないし。
そんな母だが、ここのところ、鬱がますますひどくなってきて、妄想を口走るようになってきた。自分で作り上げた物語を、本当に信じきってしまって、周りの意見を全く聞かない。
クリスマスの頃といえば、海外は休みだし、国内のお客様(小売店様)も自分の店が忙しいので、実家の会社(卸)には、来ない。それで、弟家族が旅行に出てしまったのだが、母は、その間にうちの会社で「クリスマスセールがある」と信じて疑わない。「クリスマスセールで、お客様に招待状をたくさん出しているのに、留守番の私は値段だとかそういうのを全く知らない。殺到するお客様に土下座をして謝らなくてはならない。怒ったお客様は、もう二度とウチには来てくれなくなるだろう。」と、それを5分に1回は言う。朝から晩まで、そればかりを言う。父や私が、「そんなことはない」と言っても、「ふたりで、示し合わせて、そんなウソばかり言う」と、全く聞く耳を持たない。
母は、真面目で、そして、とても優しい人だ。だから、病気になって、仕事を手伝うことができなくなったことを、とても「申し訳ない」と思っているのだ。だから、こういう妄想が生まれてきたんだと思う。
私が今一番怖いのは、母が、鬱から認知症になってしまったのではないかということだ。鬱だけであれば、また6年前のように、うそのように治ってしまうと思う。でも、認知症になっちゃったらどうしよう。
私が子供の頃、母は、友達の母親よりも、若くてきれいだった。しょっちゅう、子供をひっぱたく、怖い母だったけれども、母の美貌は、私にとっては自慢だった。いつもきっちりお化粧をして、美容院にもしょっちゅう行っていた。今でも、シミ一つ無く、15歳くらい若く見える。
そんな母なんだもん、ウチの息子にとっても、「優しくて、きれいなおばあちゃん」という印象でいてもらいたい。「病気で、いつも変なことを言うおばあちゃん」なんかじゃ嫌だ。
今朝、父と一緒に母を病院に連れて行った。次の予約の日まであと2週間あったけれども、それまで持たないと思ったからだ。母は、この1ヶ月間で一番元気だった。全然知らない人が見たら、母が病気だなんて、誰も思わないと思う。先生に妄想のことを言ったら、先生は母にいくつか質問した後で、「CTとか検査したいので、一度入院してみましょう。」とおっしゃった。ただし、今はもう年末なので、年明け(つまり2週間後)になる。それまで大丈夫だろうか。認知症だとしたら、症状が進んでしまうんじゃないだろうかと、私は心配でしょうがない。母は、昨日まで信じ込んでいた「今日からのクリスマスセール」が何も無いことを知り、安堵したのか、そのことはすっかり忘れて、今度は、「入院したって、よくならない」の連発を始めた。今度は、このことを3分に1回言う。
ずっと一緒にいる父は大変だと思う。でも、鬱に転地はご法度だから、父に頑張ってもらうしかない。私ができることは、時々父を解放してあげて私が母と一緒にいてあげること。それから、食事を作って運ぶこと、、、、くらいのことだ。
もどかしいというか、何というか。。。。
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